白虹の舞姫

『白虹の舞姫』は、遙かなる時空の中でを中心とした二次創作サイトです。原作者様とは一切関係ございませんので、御注意下さい。なお、誹謗・中傷などは一切お断りしております。御理解頂ける方は、拙いものではありますが、どうぞお楽しみ下さい。
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    酔夢の続きを、もう一度
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      酔夢の続きを、もう一度



      【第十話】


      ***
       
      「ねぇ、吉野君。」
       
      「如何されましたか、瑠璃姫。」
       
       
      大宰府に越して三月が経った頃の夜半。
      燈台の側で書を読む彼に、思い切ってあることを聞こうとした。
       
      「どうしてあたしを・・・やっぱりいいわ。」
       
      本格的な梅雨に入って久しい。
      雨音が、しとしとと部屋の中に響いてくる。
      大宰府に構えた居は以前住んでいた三条邸とは比べ物にならないくらい狭い。
      しかし、その狭さが二人で生きていく証のように思えて何故だか愛しい。
       
      この狭い部屋に二人。
      吉野君から目を逸らし、床に入ろうとしたあたしを、吉野君の言葉が制した。
       
      「『どうして貴方を』、その続きを申し上げてもよろしいのでしょうか。」
       
      夜半に響くのは、深く鍛えられた低音の美声。
      音もなく立ち上がり、吉野君はあたしを急に抱きしめて、腕に力を込めた。
       
      「私は貴方を得たい一心で幼少から過ごしてきました。だから得てしまったらどうして良いのか考えあぐねているのです。もし手にしたものが己のせいで掻き消えてしまったらと思うと気が気ではないのですよ。」
       
      吉野君の深い声が間近で響く。
      対面で抱き合うことに慣れたはずだったけれど、触れられた瞬間どくん、と心臓が跳ねた。
       
      「あなたを私につなぎとめようと躍起になるでしょう。だから貴方の奥底まで踏み込まないよう、自らを制してきたのです。」
       
      思い返せばこの三か月、二人とも生きていくことに必死だった。
      吉野君は大宰府の政庁で役人として働くことになった。
      彼にだけ負担をかけたくなくて、あたしもあたしに出来ることをしようと心に決めた。
      今では縫い物や箏の琴の指南など、毎日忙しく過ごしている。
      「やっぱりやっといて良かったわ」って人生で初めて思った。
       
      そんな生活だったから、毎日充実してはいたけれど二人ともくたくたで。
      不思議に思っていたことを切り出せずにここまできてしまった。
       
      この三か月、吉野君はあたしを抱きしめるだけで、それ以上先には進まなかった。
      つまり未だ夫婦の契りを交わしていないのだ。
       
      心地よいぬくもりが側にあるだけであたしは満たされていたけど、どうして?と思わないこともなかった。
       
      その理由が、ようやくわかる。
      あぁ、なんてこの人らしい理由だろう。                                                                           
      躊躇する理由があまりにも吉野君らしくてあたしはくすっと微笑した。
       
      「今は?今もそう思ってるの?自分のせいであたしが消えてしまうって。」
       
      肩越しに低音の美声は響かない。
       
      「あたしが消えないことくらい、吉野君が一番よくわかってるじゃない。なんたって屋敷に火をつけられても生きていたのよ、お墨付きでしょ?」
       
      くすくす、と今度は声をたてて笑った。
      そういえば、そんなこともあったわって今なら思い出話にできる。
      あの夏の夜の出来事は凄惨な記憶でしかないけれど、これからは二人で一緒に償っていける。それが何より嬉しい。
      あたしは吉野君と生きていけるのだ。
       
      「だからさ、吉野君が触れてくれるなら、あたしはとっても嬉しいわよ。あたしは吉野の君に触れたいわ。」
       
      高彬よりも大きな体躯を、あたしは柔らかく抱きしめた。
      子どもの頃、吉野でじゃれあった時とは比べ物にならないほど大きな体躯を抱きしめて微笑む。
       
      すると、ややあって吉野君は優しくあたしを離した。
      二人の視線が交わる。
      薄暗闇でもわかるくらい、彼は穏やかに笑んだ。
       
      「貴方は罪を作るのがお上手ですね。」
       
      部屋に響くのは低音の美声。
       
      のしかかる重みはほんのり熱くて、その熱が心地よかった。
       
      雨が降っていた。
      雨音は変わらず響いていたと思う。
      でも、そんなことはもう気にならない。
       
       
      さぁもう一度夢を見よう。

      心地よく微睡む夢を。
       

      春の夜に揺蕩うそんな酔夢(ゆめ)を。
       


      ようやくあなたと見ることができるのだから。
       





      酔夢の続きを、もう一度。


                       (完)


       

      ●あとがき●

      これにて、2014なんジャパ企画、終了です。
      なんだかんだで二年かかっちゃいました。ごめんなさい。
      続編もあったりしますが、ひとまずはこれにて終了ということで。

      藤薫る季節が過ぎ、梅雨がやってきます。実り多い季節になりますように。
       
      21:35 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      酔夢の続きを、もう一度【第九話】
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        酔夢の続きを、もう一度





        【第九話】





        ***

         

        吉野の街道を西に抜けて、目指した先は難波(なにわ)だった。

        古には都があったという難波に向かい、瀬戸内の海を舟で渡る。

        大宰府に向かうには馬を駆りたてることもできたが、吉野君は海路を選んだ。

        まだあたしが海を見たことがなかったから、気を使ってくれたのかしら。

         

        初めての舟は刺激が沢山で退屈している暇もない。

        塩辛い水というものを初めてなめたし、水しぶきを受けながら風を感じている。

        太陽の光は水面からも照り返してきて思った以上に暑かった。

         

        「ねぇ、吉野君!海ってすごく広いのね!水がこんなにたくさん!果てが見えないわ!」

         

        吉野君の袖を引っ張って水面を覗き込む。

        吉野君はあたしの様子を見てほっとしていた。軽く微笑むその姿がひどく愛しい。

        この時間をあたしは何より大事に扱おう。

        そして、あたしの背中を押してくれた人たちに心からの感謝を。

         

        あたしは船頭を見つけて言づけをした。

        この船が難波について、都に向かう人に伝わればいいと願いをこめて文を渡す。

        文にしたためたのは和歌一首。名は記さなかった。

         

        「じゃあ頼んだわよ!」

         

        船頭の元から駆け出し、吉野君の隣に落ち着く。

         

        「何をしていらっしゃったのですか?」

         

        吉野君の当然の質問に、あたしは破顔した。

         

        「うん、言づけをね。無茶な出奔だったからきっと心配してる人もいるだろうし、和歌を一首預けたの。あ、でも名は記さなかったわよ。大事になったら困るものね。」

         

        「そうですか。それで、どのような和歌(うた)を?」

         

        あたしは、ふふっと笑ってしまった。

         

        「わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ 天のつり船」

         

        朗詠した後、その意図を察して吉野君も一つ頷いた。

         

        その和歌(うた)は小野篁が流刑に処される際に詠んだというもの。

        でもこれは、悲しい和歌(うた)なんかじゃない。

        自分を心配してくれる人に対しての精一杯の感謝の念だ。

         

        和歌を、もう一度呟く。

         

        大海原にその声は紛れて方々に飛んでいった。

         

        「わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ 天のつり船」

         

        伝えて頂戴、都にいる右近の少将に。

         

        ただ一言、無事に旅立ったと。

         







         

        ●あとがき●


        難波から大宰府への道行では、篁さんの歌を引用させて頂きました。

        う/た/こ/い/の解釈が好きで、瑠璃さんにもちょこっと感傷にひたってもらいました。

        でもここからは、夢の続きを、ようやく見ることができます。

        そんな二人の門出を、祝福してあげたい気持ちでいっぱいです。

        さぁ、もう二月ですね!梅が咲きました!

        大宰府は梅祭り中らしいので、ちょうど良かったかな(笑)

        19:26 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        酔夢の続きを、もう一度【第八話】
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          酔夢の続きを、もう一度【第八話】

          ***

                   運命をね、掴みに行くの、あたし。

          たとえ色んなものを手放してもどうしても欲しいものがある。

          願い事は一つだけ。

          もう一度だけ、あたしに道を選ぶ瞬間を与えて下さい。

          そうしたらあたしは、運命を掴みに行くわ。

          迷うかもしれないけれど、きっと掴むわ。

           

           

           

           

           

          かつて桜舞う吉野で、再会しようと言った。

          今、ちょうど吉野は春の盛りだ。

          都よりも遅い桜がこの吉野の景色を薄紅に染める。

           

          夜風にのって桜の花弁が一片、頬に触れた。

          ざざっと桜木が揺れ、突風と共にさらに花弁が髪や衣に降りかかる。

          ほぼ馬の鬣にしがみつくという状態でどのくらい走っただろうか。

          狭い木々の隙間を縫うようにして続く道の先に人影らしきものがちらつく。

          秋篠様がふいに前方を指さされた。

          あたしは指さされたその先を必死に目を凝らして見つめる。

          凝視したまま距離を縮める。

          向こうも後方からの蹄の音を察知して何事かと振り返っていた。

           

          人の歩幅にして十歩と迫ったところであたしは馬の鬣を離し、声の限り叫んだ。

           

          「・・・・・・・・・・・・・吉野君っ!」

           

          街道を一心不乱に歩く姿は修行僧そのものだった。

          その人が、あたしの声にハッとし、息を詰まらせた。

           

          馬が嘶く。

           

          振り下ろされる、と思った次の瞬間には肩に力強い手が伸びていて、地面にたたきつけられる事態は避けられた。

           

          「瑠璃姫、どうされたのです。こんな夜半に馬を駆りたてるなど!」

           

          普段より荒い声が間近で聞こえた。

          大きな腕に抱え込まれる形で、あたしは地面と向き合っていた。

          吉野の君が地面との緩衝の役を果たしてくれたらしい。

           

          男の人にしては精緻で美しく整った顔をじっくり眺め見た。

          そうだ、こんな風に童の頃はひっつき回っていたっけ。

           

          「吉野君、あたしはもう何も持ってないわ。家柄も財産も、何も持たないただの瑠璃でも、吉野の君はあたしを大宰府に連れて行ってくれる?」

           

          吉野君と抱き合う形でじっとその瞳を覗き込んだ。

          もう瞳は赤くない。

          澄んだ綺麗な蒼をしている。

          月が霞んだ空に柔らかな光を与えている。

          その光を反射して吉野君の瞳が一層蒼く冴える。

           

          「大納言家の・・・内大臣家の瑠璃姫でなくなっても、吉野君はあたしをずっと傍にいさせてくれる?」

           

          あたしの問いかけに吉野君は即答しなかった。

          一つ息を吸って深い深い声で言葉をくれた。

           

          「遙か昔、吉野の里で出会った女童が大納言家の姫だから、私はその女童を愛しく思ったのではありませんよ。」

           

          桜の花弁がひとひら、あたしの髪から落ちて吉野君の頬にすべった。

           

          「奔放で一本気で情が深いまっすぐな貴方だからこそ、末永くそばにいたいと願ったのです。」

           

          吉野君の繊細な指が、あたしの頬にふれた。大きな手であたしの頬を包んでくれる。

           

          「瑠璃姫こそ、私で良いのですか?私には官位も身分もありません。今までのような暮らしをさせてさしあげることすらできない。あるのは漢詩と仏に対する知識だけ。そのような私でも姫は私を選んで下さるのですか?」

           

          あたしははただ黙って何度も首肯した。

          幼いあの時から、彼に望んだものは官位や身分ではなかった。

          彼に望んだものは、ただ一人、瑠璃だけを妻にし、必ず幸せにしますというその約束だ。

          二人でなら、末永く共にいられると思った。

          奔放な自分を温かく見つめ、そして共に遊び、理解しようとしてくれる。

          そんな貴重な人だったから、瑠璃も彼のことを知りたいと思った。

          彼が言ってくれた言葉の通り、瑠璃も彼のためにできることをしようと思った。

          幸せになろうと思った。二人でなら、きっとそうなれると信じて。

           

          「お約束を致しましょう。菫の花に、もう一度。」

           

          まるで童の頃に戻ったかのように、吉野君はふわりと笑んだ。

           

          「いつか私が都に呼ばれても、官位を授かることができず、地位も名誉もなく、何一つ裕福な暮らしなどさせて差し上げられなくとも、瑠璃姫、あなたは一緒になってくれますか?」

           

          ざざっと桜の木々がまた揺れる。

          春特有の花嵐だ。あたしにも、吉野君にも薄紅のかけらが降り積もる。

          こんな風に幸せも降り積もっていけばいいのに、と思った。

          こんな風に二人の時間が降り積もっていけばいいのに、と。

           

          「うん。吉野君が良い。吉野の君がいてくれるなら、それ以外は何も望まないわ。」

           

          それは現実にしようと思わなければ決して手が届かない幻で終わってしまう。

          だからあたしは現実にするわ。運命は多くの人が協力してくれてやっと形になろうとしているのだから。

           

          「だから連れて行って。今日、内大臣家の瑠璃姫は消えてなくなる。だから、ただの瑠璃を、吉野君が持って行ってほしいの。」

           

          吉野君が見上げて、あたしが見下ろして、そして視線が交わる。

          どちらともなしに抱擁を交わした。

          何年ぶりかの吉野君のぬくもりを、今あたしは全身を使って感じ取ろうとしている。

          最後に抱き合った時は、炎上する寺で炎にまかれていたから、ぬくもりを感じる暇さえなかった。

          でも今は確かに感じる。鼓動が脈打つ規則正しい音を間近で感じる。

          この人は生きている。生きて、間近で呼吸をして、そしてこれから傍らで過ごしていく。

           

          蹄の音が遠慮がちに近づいてきた。

          秋篠様が、あたしが乗っていた馬を捕まえに行ってくれたらしい。

          二頭の馬の手綱を持ち、秋篠様は徒歩でこちらにいらっしゃった。

          慌てて上体を起こして立ち上がる。

           

          「瑠璃姫、どうぞ馬をお使い下さい。」

           

          手綱を差出した秋篠様に対し、砂埃を払った吉野君はあたしの手をとった。

           

          「参りましょう、瑠璃姫。」

           

          秋篠様に頭を下げた吉野君は次いであたしを抱え、馬に乗せた。

          自身もその後方に跨り、手綱を持つ。

           

          「馬は一頭で結構です。残りは右近の少将殿にお返し下さい。」

           

          馬上より秋篠様を見つめる吉野君は、あたしが知るどの吉野君とも違っていた。

          鷹男の血筋と言われたら、そうかと納得してしまいそうになる。

           

          「それと伝言を。ただ一言『すまない』と。」

           

          秋篠様にそう伝えた直後、たった一頭で馬は古い街道を駆けだした。












          ●あとがき●
          明けましておめでとうございます!
          だいぶひっぱってますが、じきに終わります!そんな2015年にします!
          『いつか〜』も終わらせるぞ!

          今回、吉野君と瑠璃姫の再会シーンでしたが、秋篠様が見事に空気です(笑)
          高彬には悪いことをしましたが、馬は一頭で二人を乗せていってほしいなぁと思い、そうしました。
          馬にとっては迷惑この上ないですが、まぁいいじゃん、そこは!
          二人にとっての約束の道行なんだからさ!大目に見てよ、馬ーー!

          そんな感じであと少しで終了です。今しばらくお付き合い下さい。

          2015年も皆様のご多幸をお祈りしています。

          20:39 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          酔夢の続きを、もう一度【第七話】
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            酔夢の続きを、もう一度

            【第七話】



            ***



            薄桜(はくおう)の野で吉野君と再会し、その手を拒んだのは一刻と少し前のこと。
            あの時は差し出された手をとらなかった。
            しかし、日が落ちた今はその人の後ろから駆けて手を繋ぎたいと希う。
             
            幻のような出来事だった。
            春特有の酔夢(よいゆめ)を見たのだと、納得できたならよかったけれど、物事はそんなに単純ではなかった。
            心の中に未だ大きな存在を占める吉野君。
            捨て去れない過去を抱えているの。
            いくら表面上は普通を装えても決して諦めきれない希望があるわ。
             
            あたしの人生はあたしが決めて良いと高彬は背中を押してくれた。
             
            『行きなよ、瑠璃さん。』
             
            一度だけ、その言葉が頭の中で反響した。
             
            あたしってば、ガラにもなく後悔してる。
            高彬にあんなこと言わせてしまうなんて。
             
            桂の裾をたくし上げて走りながら、嘆息し、前を見た。
            宵闇の中、大した灯りもない野原を駆け抜ける。
            馬の繋がれている方向は感覚的にわかった。
            幼いころ駆け回った屋敷だもの。視界が悪くてもどこに何があるのか見当をつけるのには支障がない。
            こんなに一心不乱に走るのは久しぶりで、あやうく草履を飛ばしてしまいそうになることが数度あったけれど、それさえもなぜか愛しい。
            絶望から何かに駆り立てられて走っているのではないから。
            健康な身体で希望に向かって走っていけるのだから。
             
            躓きそうになりながらも懸命に駆けて、駆けて、ようやく馬が繋がれているという出口までやってきた。
            しかし、そこには二頭の馬以外にもう一つ影があった。
             
            減速して様子を窺いながら出口に向かうと、すらりとした長身に烏帽子姿の若者が控えていた。
            その姿には見覚えがある。この吉野の里で何度か見えたことがあったからだ。
            骨を折ったあたしが療養していた冬の吉野に定期的に使者としてやってきたその人は馬を宥めながらあたしを一瞥し、口を開いた。
             
            「瑠璃姫、お待ち申し上げておりました。」
             
            宵闇にしっかりと声音を響かせて現れたその人は、高彬と同じく鷹男の信頼の厚い官人だ。
                                                                                                                             
            「・・・・・秋篠様?!どうしてここに。」
             
            息を切らせて問いかける。
            彼は馬の手綱を引いてこちらに手を差し伸べた。
             
            「主上の思し召しです。吉野の里にいる瑠璃姫を訪ねよ、と。以前のように私がその任を拝命したのですが、時期が悪うございましたね。こちらに着いた折に瑠璃姫失踪の報告を受け、右近の少将と姫を御探し申し上げていたのですよ。そして先ほど、右近の少将より瑠璃姫を街道にお送りするよう頼まれまして。」
             
            「秋篠様、でも、それは・・・」
             
            「お気になさいませぬよう。右近の少将より全てうかがっておりますので。あとは全て彼が良きようにおさめるでしょう。この日に吉野を訪れたのも何かの縁です。どうぞ、こちらへ。私がお送り致しましょう。」
             
            秋篠様があたしを馬上へ誘う。しかし、あたしはその場を動けなかった。
            驚きと戸惑いの表情で立ち竦む。
            妻として、母としての責務から逃げるあたしは人の手なんて借りていいのかしら。
             
            秋篠様は動けないでいるあたしに言葉を添えてくれた。
             
            「瑠璃姫、主上もあなたがあなたらしく生きていらっしゃることを御望みです。今回の私の吉野入りも、そのことで起こったことなのですから。きっと、これで良いのだと思います。」
             
            「鷹男が・・・?」
             
            息が整い、あたしの口からも落ち着いた声が出た。
            それを聞いた秋篠様はあたしの手を取り、素早く手綱を握らせた。
             
            「さぁ、お早く。じきに右近の少将が、姫は神隠しに遭われたと里の者に伝えるはず。急がねばせっかくの運を手放してしまいますよ。」
             
            闇の中でもわかる程度に秋篠様は口角を上げて笑んだ。
            それがあたしを安心させるためなのだということも感じ取れて、一層胸が詰まった。
            もう、立ち止まってはいられない。
            今宵必ず、あたしは自分の運命を掴む。
            掴みに行く。必ず吉野君を見つけてみせる。
             
            「秋篠様、お願いします!あたしと一緒に馬を駆りたてて下さい!」
             
            嘶いたのは馬なのか、それとも逸る心なのか。
            手綱よりも馬の鬣にしがみついてあたしはただただ、馬に乗って街道を駆けた。





            ●あとがき●
            だいぶ間が空いてしまいましたが、まだまだ続いています。
            ついに運命が動きました!
            何とはじめは出す予定ではなかった秋篠様まで登場させてしまいました。
            より一層疾走感漂う感じになれば・・・と思います。
            運命を動かす女が、運命をつかみに行きますよ!
            年末にかけて運命が動くはずです。あ、瑠璃姫のですよ(笑)



             
            23:18 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
            酔夢の続きを、もう一度【第六話】
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              酔夢の続きを、もう一度



              【第六話】



              ***

               

              夢を、見ているのだと思った。

              醒めないでと思わされるそんな一炊の夢を。

               

              夢を見たかもわからないような、そんな白昼夢のような出来事は夕刻間近、薫風と共に目の前に現れた。

               

              あたかも幻のようなその情景は、あたしの心の底を突き上げる。

              眠っていた感情が呼びさまされて、あたしの感覚すべてが研ぎ澄まされるような。

               

              そんな、酔夢を。

               

               

               




              ***

               

              隠れ鬼の最中に、木々の間をすり抜けここに来た。

              崖から降りた辺りに佇む桜の褥に横たわる。

              高彬は絶対にこの場所を見つけられないと高をくくって仰向けに寝そべった。

               

              桜の花弁が風に靡いてがくから離れる。

              あぁ、綺麗だわ、と目を伏せた。

              春霞む世界はどこまでも薄桜。

              なんと美しい吉野の春。

               

              草葉を踏み分ける音がだんだんと近づいてきて、あたしは目を開けようとした。

              ぼんやりしすぎて高彬に見つかったかしら。絶対に見つからないと思ったけど、もしかすると守弥がこそっと高彬に教えたのかもしれない。

              あっけなかったわね、と心の中でひとりごちて嘆息した。

               

               

              「瑠璃姫」

               

               

              薄桜のこの野に、鍛えられた低音の美声が響く。

               

              名を呼ばれた時、覚えず心臓が跳ねた。

              血潮が逆流し、胸が締め付けられる。

              この声は、守弥ではない。

              今まで守弥の声で血潮が逆流するような心地を味わったことなど一度もないもの。

              守弥でないならこの声の主は誰。

               

              気づいた瞬間、目を見開き、飛び起きた。

              ついで声の主を視界に入れようと首を巡らす。

               

              すると、幻のように美しいこの吉野に、若い公達が一人、静かに佇んでいた。

              白い面に過日の姿が重なる。

              剃髪し、黒い袈裟を着る僧だったその人は、今は淡い狩衣を身に着け、髪を一つにくくってすき流していた。

               

              その姿を食い入るように見つめ、視線をそらさずに口を開いた。

               

              「吉野君なの?本当に?」

               

              ふらふらと近寄り、触れるか触れないかの距離で逡巡する。

              もし、この手が目の前の体をすり抜けてしまったら。

              考えあぐねてしばらく触れずにいたら、宙を彷徨うあたしの右手を、その人は大事に大事にとってくれて、自らの心の臓のところへあてた。

              とくん、とくん、と規則正しい振動が伝わり、夢ではないことを悟る。

               

              刹那、反射的に眦が熱くなり、声が震えた。

               

              「吉野君・・・吉野君・・・・・・・・・・・・・!!」

               

              それしか言葉にならなくて、触れるか触れないかの距離が一気に縮まる。

               

              抱きついて、延々泣いた。

               

              涙が枯れるほど、嬉しくてあたし、みっともないくらい泣いてしまったの。

               

               

              泣きつかれたあたしが、すんすんと鼻をすすっている時、吉野君の深い低音があたしの耳にしっかり入ってきた。

               

               

              「おいでになりませんか、私と共に。」

               

              「へ?」

               

              色々混乱していて、吉野君が言わんとしていることを汲み取れない。

              そんなあたしの様子を見とって吉野君は穏やかな瞳をあたしに向けた。

               

              「私と共に、大宰府へ参りませんか。」

               

              今度は目線を合わせて深い声があたしの頭からつま先まで沁みこんだ。

               

              大宰府。

              西海道を統轄する西の政治・外交の中心地だ。

              大宰府へ吉野君は行く。

              なぜ。

              そこでようやく彼の真意に辿り着く。

              彼は謀反を企てた身だ。都の隠棲地である吉野に腰を下ろせばいつかは都の貴族に見つかり、あの件を蒸し返される恐れがある。

              そうなれば鷹男の帝も辛い思いをする。

              吉野に住まうだけでも危険を孕むのに、ましてや都になど戻れるはずがない。

               

              しかし都から遠く離れた大宰府なら、吉野君が出自を隠して新しい人生を始めようとしても差し障りがないだろう。

               

              吉野で再会することも、罪を背負って生きてほしいということも、あの夏の通法寺であたしが吉野君に押し付けたものだ。

               

              それを彼はしっかり受け止め、自分の足で償いの道を歩んでいる。

              炎上する寺で、あたし達は確かに幼い日に過ごした吉野のことを思った。そしてこの吉野でお互いが抱いた恋心をそっと心の片隅に忍ばせた。

              いつか、何もかもすんで吉野で再会したその時には、忍ばせたままの恋心を取り出して温め、育てていけると信じていた。

              あたしも、その日をずっと信じていたの。

              でも、再会を信じる反面、いつになってもやってこない吉野君をあたしは思い出にしようとしたのも事実だ。

              高彬と結婚して、あたしは違う人生を歩み始めてしまった。

              大きな選択を、あたしはすでにしてしまったのだ。

               

              穏やかな水面をたたえる双眸からあたしは目を逸らした。

              きつく抱きついていた吉野君の衣から手を放す。

               

              「ごめんね、吉野の君。あたしは行けない。」

               

              目を伏せ、声を絞り出す。覚えず声が震えた。

               

              「あたしには子どもがいるの。だから、行けないわ。」

               

              吉野で待っていてと言って別れた。

              とびきりの衣を着て再会しようと約束して、あたしは炎上する寺を出た。

              桜が咲いて吉野を訪ねたら会えると信じて、今日まで生きてきた。

              毎年、毎年、桜が咲くたびにあの夏の日の約束を思い出す。

               

              その人は会いに行きますと言ってくれた。

               

              再会を果たした暁には共に歩んでいけるものと信じて疑わなかったのは謀反の翌年の吉野の桜が咲くまでだった。

              右大臣家の使いで守弥がやってきて、あたしはそこで気持ちの整理をつけた。

              大きな選択をしたのだ。決めてしまえばもう引き返すことができないとわかってた。

              それでも、来ぬ人を待つのはやっぱり苦しかったから。

              いつまでもうじうじなんてしていられなかったもの。

              だからあたしは自分の意思で区切りをつけたの。そのことに後悔や恥はない。

               

              あたしはもう一度しっかりと吉野君の瞳を見た。

               

              「だからもう、吉野君とは一緒に行けない。」

               

              行けないと言ったあたしを、吉野の君は責める権利がある。

               

              でも、彼は責めなかった。

              「そうですか。」と一言発して薄く笑んだ。

               

              約束を違えたのは私の方。

               

              泣く権利なんかどこにもない。

              約束したことを頭の片隅に残しながら、高彬と結婚してややを産んだ。

              その日々が無駄であるとか間違った道だとは微塵も思わないけれど。

              ただ、胸にぽっかりと穴が空いた。

               

               

              あたしから距離をとるあの人が、何もかもわかっていたように微笑むから。

              だから余計にやるせなくて。

              あたしは声を失くして立ちすくんだ。

              桜は薄紅に染まっているのに、ぼやけてよく見えない。

              ただただやるせなくて涙が流れた。

               










              ●あとがき●


              瑠璃と吉野君の再会編でした。

              再会してもすぐにハッピーエンドというわけにはいかなくて、切ない。

              実際に本編で再会していたらこんなシチュエーションになりそうだったので、そうしてみました。

              あれだけの深い傷を治して体力回復させて徒歩で吉野まで歩いてくるまでにどれほどの時間がかかるのかと思ったら、まぁそれくらいだよね!

              全てが遅かったんだと割り切れるなら瑠璃姫じゃないですね!

              初恋の吉野君という存在は非常に大きいのです。

              だから駆けて行きます。次回の話で。

              もうしばらくお待ち下さい。

               

              19:32 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
              酔夢の続きを、もう一度【第五話】
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                酔夢の続きを、もう一度



                【第五話】



                ***

                 

                簀子に出て月を眺めた。

                今夜の月はよく照っている。

                春特有の朧月ではなく、明瞭な輪郭の十六夜だった。

                霞んだ空では月の光が鈍くなり、馬の歩みも遅くなろう。

                その点に関しては、瑠璃さんの出立が今夜で本当に良かったと思う。

                満月から少しかけた十六夜なら夜道であっても十分に先に進めるだろう。

                 

                数年前のあの夏のように今夜、瑠璃さんは馬に乗って駆けていく。

                 

                簀子に坐し、扇を取り出だす。

                吉野の桜が描かれたこの精緻な扇は結婚を機に瑠璃さんが僕にくれたものだった。

                あの日から、これが僕の宝物。


                瑠璃さんから文以外に物をもらうことなんてその時まで一度もなくて、だからこそ桜の扇が僕にとっては至上の宝となった。

                この扇は僕と瑠璃さんの結婚生活をずっと傍で見続けてくれていた。

                月に照らしだされた桜の絵を一瞥して、扇をゆっくり閉じた。

                 

                袴をさばく音が夜風に紛れて響く。

                やがて近づいてきた人物は戸惑いながら僕の後方に座した。

                 

                誰が座しているかは察しがついた。

                振り返ることなく、問いかける。

                 

                「小萩、お前は行かなくてよかったの?」

                 

                自分でも落ち着いた声が出たと思う。

                後方に座した小萩は詰めていた息を吐き出して僕の問いに答える。

                 

                「私は、姫様付きの女房ですから。」

                 

                ならばなおさら行くべきだったろうに。

                そう言葉をかけようとしたのを遮られ、小萩は話し始める。

                 

                「姫様が遺されたものをしっかりとお守り申し上げるために私はここにいるのです。」

                 

                「ちい姫は、お前になついているからね。」

                 

                今まで小さな命をあやすのは瑠璃さんと小萩だった。

                その小さな命は小萩を慕っている。

                瑠璃さん付きの女房である小萩なら、瑠璃さんに付き従ってもおかしくはない。

                しかし、彼女はそれをしなかった。

                瑠璃さんが遺した者のために、自分を役立てようとしてくれている。

                その気持ちが有難いと感じた時、小萩が続けて口を開いた。

                 

                「えぇ、そして高彬様も。」

                 

                小萩の言葉に僕は絶句した。

                 

                「姫様が大事に遺されたものを、私が御支え申し上げるのだと、先ほどはたとわかりました。ですから私はここにいますわ。」

                 

                ひどく落ち着いた小萩の声音が春の吉野に沁み渡った。

                手元の扇を見つめ、嘆息する。

                 

                「僕はね、僕の前を行く瑠璃さんを見るのが好きだったんだ。」

                 

                この扇をくれる前も、くれた後も瑠璃さんは陰謀に巻き込まれて洛中洛外所構わず走り回っていた。

                瑠璃さんの性格を正直やっかいだと思ったことは数度あるけれど、そんな瑠璃さんだから瑠璃さんが進んだ方向を僕も追いかけた。

                誰よりも情が深くて人を大事にする瑠璃さん。

                その美徳をもつ瑠璃さんを妻にできたことを、僕は誇りに思う。

                 

                「だから、僕の後ろで立ち止まったままでいてもらっては他ならぬ僕が困るんだよ。いつでも眩しい生き方をしていてくれなきゃ、僕は生きている意味がないんだ。」

                 

                この人のために生きたい、この人を輝かせていきたいと、そう望んで歩んできた人生だった。

                だから、瑠璃さんに唯恵の後を追いかけろと言ったことに悔いはない。

                 

                運命が、人の形(なり)をして現れた。

                約束の季節に、約束の場所で。

                いっそ出来すぎなこの情景は、瑠璃さんが幻でも良いからと望んだものに違いないのだ。

                 

                「ちゃんと馬も使ってくれると良いなぁ。この前は大皇の宮御自ら手配されたにも関わらず、あの二人は使わなかったらしいからね。」

                 

                逃げる方向も別で、馬さえも使わなかった唯恵。

                 

                だが、今度こそ二頭の馬の首をそろえて進んでいくに違いない。

                二人は別々の方向に離散するために騎乗するのではないのだから。

                約束の季節がきて、約束の場所で再会した二人は同じ場所を目指して馬を駆りたてて行く。

                都からも、この吉野からも容易には行けない遠い地へ。

                 

                扇から視線を上げ、月を見上げる。

                実のところ、随分前からもしかすると唯恵が現れるかもしれないと思っていた。

                いつか瑠璃さんを失うかもしれないとわかっていて瑠璃さんを愛した。


                唯恵の代わりでも僕は良かったよ。


                「僕で我慢しなよ」とこの吉野で僕が言った時、瑠璃さんはただ「ごめんね」と答えたね。

                それでも瑠璃さんは僕と結婚してくれて、ちい姫を産んでくれた。

                それだけで僕はもう十分だよ。

                だからこれからは瑠璃さんの人生を歩んで欲しい。

                 

                僕は瑠璃さんが遺したものを大事に育てていくから。

                部屋で大人しく眠っている小さな命を想った。

                いつもは夜泣きが激しいのに、今夜はそれが嘘のように静まり返っている。

                小さな命は、この事態を敏感に感じ取っているのかもしれない。

                 

                「ちい姫の成長が楽しみだね。瑠璃さんみたいになるのかな。」

                 

                自分でそう言った後、ちい姫の十数年後の姿を想像して笑ってしまった。

                今の様子からすると素質は十分だ。

                 

                「えぇ、きっとそうなりますわ。だって瑠璃様が母君ですもの。」

                 

                小萩が自信たっぷりに話す口ぶりがまたおかしくて声を立てて笑った。

                 

                それはそれで良いかもしれない。

                破天荒で風変わりな姫は、きっと誰よりも心優しく、誰よりも勇敢で気立てが良いに違いない。

                かつてのあの人がそうであったように。

                 

                そういえば、かつて主上と瑠璃さんが戯れに互いの子を娶わせようと話したと言っていたっけ。

                それはまずいな、と思ったらなんだかさらに笑えてきた。

                 

                ほら、瑠璃さん。瑠璃さんが遺してくれたものが僕たちに幸せを運んでくれるよ。

                きっとこの子は宮中でも話題の姫になるよ。

                そうしたら主上と話でもさせて頂こうかな。

                昔話を、そして瑠璃さんと唯恵のことを。

                 

                風は西に向かって流れる。

                西海道をわたるには良い風が吹くだろう。

                 

                強い風が吹いて、桜の花弁が宙を舞う。

                 

                あぁ、今年もこの季節がやってきたよ。

                十年以上前、僕が瑠璃さんと初めて会ったのもこの季節だった。

                かけがえない人と出会い、そして失った季節。

                 

                春は、僕にとっても運命の季節だ。

                 

                 












                ●あとがき●

                瑠璃が出奔した後の高彬と小萩の会話でした。

                笑って背中を押して、これで良かったと納得して。

                そんな高彬は原作にはいないかもしれませんが(笑)、色々乗り越えた後だから器が大きくなっているはず!だからこんなこともできるはず!と自分に言い聞かせて書いています。

                高彬は瑠璃さんの幸せを一番に祈っている人です。

                小さい頃からずっと高彬の女神は瑠璃さんですから!

                ちい姫の成長を見守ってちゃっかり入内させちゃいそうです。

                 

                次回は瑠璃サイドのお話です。

                 

                21:18 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                酔夢の続きを、もう一度【第四話】
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                  酔夢の続きを、もう一度


                  【第四話】



                  ***

                   

                   

                  「若君、これでよろしいのですか?」

                   

                  低い声が闇に響く。

                  この声と同じ低音の持ち主が、今夜瑠璃さんを攫っていく。

                   

                  「守弥、お前は瑠璃さんが泣いた姿を見たことがあるか?」

                   

                  「恐れながら、一度だけ拝見致しましたが、それが何か。」

                   

                  その答えを聞いて僕は目を伏せた。

                   

                  「それ、唯恵のことで泣いていなかったか?」

                   

                  質問をしたが、返答を聞かずともわかる。予想した通り、守弥は首肯した。

                   

                   

                  「瑠璃さんはさ、滅多なことでは人前で泣かないんだよ。陰謀でもない時期に瑠璃さんの涙を見たのはお前くらいだと思うよ。」

                   

                  乳兄弟が目を瞠ったのがわかった。

                  後から聞いた話だが、守弥はこの吉野の里で瑠璃さんに会ったのだという。

                  その時、守弥は記憶がなくなっていて、瑠璃さんが『峰男』と呼んで可愛がったそうだ。吉野の地でその声を聞いて、瑠璃さんが何を思ったのかは知らない。


                  しかし、平穏な時に瑠璃さんが涙を人に見せたのはあれきりだろう。

                  それくらい、瑠璃さんにとっては大きな存在だったのだ。『初恋の吉野君』という輩は。

                   

                  「僕は駆けて行った瑠璃さんを見て満ち足りているよ。あれでこそ僕が愛した瑠璃さんだ。これで良かったのかだって?良かったに決まってる。さぁ、あと一刻ほどしたら里の者に報せろよ。内大臣家の瑠璃姫は神隠しにあったと。内大臣様には僕から直接事の次第を申し上げる。お前は余計なことをするなよ。それが、夫としての最後の務めだ。」

                   

                  篝火がぱちぱちっと爆ぜる。


                  守弥が「御意」と答える声がやけに耳に残った。

                   

                   










                  ●あとがき●

                  守弥も吉野君騒動に関わった者なので、事情を知っているだろうし、瑠璃とは色々あったと思います。高彬の命令で馬を用意した時も、複雑な思いだったでしょう。

                  大切な若君が大事な決断をしました。守弥も納得していると思います。

                  さぁ、ラストスパートです!

                   

                  21:29 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                  酔夢の続きを、もう一度【第三話】
                  0

                    酔夢の続きを、もう一度



                    【第三話】

                     

                     

                    ***

                      

                     

                    「行きなよ、瑠璃さん。」

                     

                    自分でも驚くほど優しい声が出た。

                     

                    「部屋で感傷に浸るなんて瑠璃さんらしくない。僕は瑠璃さんがなぜ馬を駆りたてて追いかけて行かないのか不思議でならないよ。」

                     

                    「行けるわけないでしょ!」

                     

                    中腰になった瑠璃さんが声を荒げて僕に掴みかかろうとする。

                    それを素早く遮った。

                     

                    「唯恵を逃がそうと醍醐では袈裟をかぶって囮になったのに?」

                     

                    「あの時とは状況が違うでしょ。吉野君は生きてた。だから、もういいのよ。高彬、これ以上あたしを惑わさないで。もうこの話はこれでやめにして。」

                     

                    僕は瑠璃さんに最初に声をかけた位置で立ち止まったまま、それ以上は近づかなかった。

                    そっぽを向かれ、もう表情がわからない。

                    今まではかろうじて横顔から感情の端々を読み取れたのに。

                     

                    「瑠璃さんは、人が呆気にとらわれるような眩しい生き方をしなきゃいけないんだよ。」

                     

                    そうでないと、僕が困るよ、とつけたした。

                     

                    瑠璃さんの背中を見てきたんだ。小さいころからずっと。

                    僕は瑠璃さんだけを見つめてきたんだよ。

                     

                    「誰よりも情が深い瑠璃さん。僕や帥宮、それに畏れ多くも主上、女性だって沢山。妹の由良も瑠璃さんの囲いの中に入れてもらったからあんなに瑠璃さんに気にかけてもらった。瑠璃さんの良さはね、人をとても大事にするとこだ。大事にした人のためにその体でぶつかってくれることだ。そんな姫、都中探したって瑠璃さん以外に出てきやしないよ。」

                     

                    ピクリ、と瑠璃さんの体が反応したのがわかった。

                    瑠璃さんの記憶に僕があげた人々はどう刻まれているのだろう。

                     

                    「でもさ、僕もわかってるんだよ。どうして瑠璃さんがそんな風に情をかけてくれるのか。」

                     

                    本来の性質に輪をかけて、ある一時期から更に情が深くなった瑠璃さん。

                    その変化がいつの頃からなのか、僕はちゃんとわかっている。

                     

                    「きっかけは、唯恵以外考えられない。」

                     

                    瑠璃さんの後姿に、僕は語りかける。この時を心に刻みつけるために。

                     

                    「特にあの事件が起こった後は、もう誰も失うまいと躍起になっただろう?ばればれだよ、瑠璃さん。そんなとこがわかりやすくて、素直で、曲がってなくて大好きだったよ。」

                     

                    過去形で話す自分が、なぜかひどく大人に思えた。

                     

                    もしかするとこれきり。いや、僕はこれきりを望んでいるのだ。

                    これきり、瑠璃さんとは話す機会はない。

                    その体を抱き寄せることもない。

                    だから今だけ、その姿を焼き付けておきたい。

                    そして、これからのことを考えさせてほしい。

                    僕は今、瑠璃さんを失うための準備をしている。

                    だからどうか、最後の頼みごとは拒絶しないで欲しい。

                     

                    「ただ、ちい姫だけは、僕に遺していってくれないかな。」

                     

                    これが僕と瑠璃さんの間での最初で最後の我儘にするから。

                     

                    「きっと立派に育てるから。だから、瑠璃さんは瑠璃さんらしく、駆けていきなよ。」

                     

                    数年前の夏の夜、炎上する寺へ駆けていったのと同じに。

                     

                    「これを逃したら、もう会えないんだよ。それでも良いの?」

                     

                    問に対する返答はない。

                    だが、猶予がない。大宰府へ向かうと言ったという唯恵。その思いがどこまで真実なのかはわからない。最悪、瑠璃さんの前からこのまま永久に姿を消すかもしれない。それこそ冗談ではない。

                    どんな気持ちで唯恵を待ち続ける瑠璃さんを見てきたのかも知らないで、そんなことをされてはたまらない。

                    畳み掛けるように、瑠璃さんに言葉を紡いだ。

                     

                    「この吉野の里の屋敷、いつも手が入れられていて、簡素だけど綺麗だよね。でも、一部屋だけ立ち入れない場所がある。それは、彼のための部屋なんだろ?」

                     

                    僕が気づかないとでも思ったの?とつけたし、短く嘆息した。

                    思い出の場所を今でも綺麗に掃除をして、いつでも気持ちよく入室できるようにしているなんて、よっぽどのことだ。そうせざるを得ないほど大きな想いであることに、もういい加減気づいてほしい。

                    僕が立ち入る隙がないほど、瑠璃さんの心の奥底には彼が居座っている。

                    長い時間をかければ僕がその場所にとって代わることもできるかもしれないけれど、その長い時をかけるより先に、運命が動いた。

                    僕にできることはあと一つだけ。

                    倫理観で判断しようとする瑠璃さんの背中を押し、本音を引き出すことだけ。

                     

                    「だから行きなよ、瑠璃さん。瑠璃さんの運命が、在るべきところにようやく落ち着こうとしてるって時に、肝心の瑠璃さんの腰が重いんじゃ、話にならないよ。」

                     

                    桜が揺れる。運命の時を知らせるが如く、闇夜にさやさや音を立てている。

                     

                    「夫である僕にここまで言わせるなんて、ほんとに瑠璃さんってば、最後まで僕を振り回していくんだね。」

                     

                    言った後で乾いた笑みがもれた。

                    瑠璃さんに振り回されるのは決して嫌いではなかったけれど、いつも驚きの方が先に来て情けない姿をさらしてきたと思う。

                    どうせならもっと瑠璃さんと一緒に無茶をしておくんだった。

                    主上にはできにくいことを、僕は為せる位置にいたのに、それを十分果たせなかったことが心残りといえば、心残りだ。

                     

                    守弥が控えめに出てきて屋敷の敷地の入り口に馬を用意したことを告げた。

                     

                    「守弥が用意してくれて、屋敷の入り口に馬を繋いである。ちゃんと二馬用意しているから必ず使って。乗り方はわかるだろう?」

                     

                    今なら瑠璃さんの失踪をうやむやにできる。

                    里の者も、瑠璃さんが屋敷にいることを知らない。

                    あとは瑠璃さんが里の者にばれずに吉野から出られれば、内大臣家の瑠璃姫は神隠しにあったことになる。

                     

                    そんな別れ方になるなんて思ってもみなかったけれど、僕と瑠璃さんの運命はここまでしか交わらなかったのだと割り切ることにする。

                     

                    最後に見る姿が後姿なのは残念だけど、僕は精一杯目を凝らして瑠璃さんを見つめた。

                     

                    「瑠璃さんを妻にできて、妹背になれて僕は本当に幸せだったよ。」

                     

                    踵を返して、部屋の中に向かう。旅立つ時にじっと見られたままでは出て行きにくいだろう。

                     

                    足音が耳に入ったのか、後方で瑠璃さんの声が上がる。

                     

                    「高彬・・・!あたし・・・」

                     

                    今度は完全に立ち上がった瑠璃さんの双眸には雫が光っていた。

                    振り返った僕はできる限り大げさに笑う。

                     

                    「ほら、瑠璃さん。何も言わなくていいから、だからお願いだ。駆けていってよ、僕のためにさ。」

                     

                    頷いたように見えた瑠璃さんは袖で涙を拭い、そのまま階を降りていった。

                     

                    深層の姫君には到底できっこない豪快な走り方だった。

                    ほら、やっぱり瑠璃さんは駆けている時が一番輝いているよ。

                     

                    その姿を見て僕は満たされたから、だから安心していいよ。







                     

                     

                    ●あとがき●

                    高彬を良識のある懐の広い男性に描きたくて、ひたすら良い人にしてしまいました。

                    実際には追いすがって瑠璃を引き止めるような気がしないでもないですが、今回は瑠璃のために身を引く良い男になってもらいました。

                    瑠璃だって、子どもがいたら昔の恋に走るなんて到底できっこないのですが、幼馴染の夫に背中をぐいぐい押されたらあるいは、と思って描きました。

                    これが幼馴染ではなく、しかもあの陰謀に直接かかわった者でなかったら、瑠璃も駆けていかなかったと思います。

                     

                    夏真っ盛りになりましたが、今しばらく続きます。もう少しお付き合い下さい。
                    22:48 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                    酔夢の続きを、もう一度【第二話】
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                      酔夢の続きを、もう一度

                      【第二話】


                      ***

                       

                      白昼夢から醒めて僕は瑠璃さんを探した。

                       

                      岩陰や樹の間、隠れることができそうな場所は全て探し回った。それなのに一向に見つかる気配がない。

                      守弥や里の者にも手伝ってもらい日が傾くまで探し続けた。

                      夕闇が里に迫る。吉野の里は山間にあるため夜が来るのが都よりも早い。

                      一度屋敷に戻り、松明を掲げて探した方が良いかもしれない。

                      そう思い、屋敷に戻ると、瑠璃さんが桂姿のまま簀子に出てぼぅっと外を眺めていた。

                       

                      小萩に聞くと、つい今しがた戻ってきたのだという。

                      今までどこにいたのかとか、里の者にも手伝ってもらって探していたんだよ、とか。言わねばならぬことが多くあるのに、その様子を見て何も言えなくなった。

                       

                      血相変えて戻った僕の存在など、気にも留めていない。

                      あぁ、そうかやっぱり。瑠璃さんを普段通りでいさせない出来事が起こったのだ。

                      瑠璃さんがこんな状態になる出来事を、僕は一つをおいてほかに思いつかなかった。

                       

                      瑠璃さん、とよびかける。

                       

                      「唯恵が、来たの?」

                       

                      見るともなしに外を眺めていた瑠璃さんが、ようやく僕の姿を視界に入れた。

                       

                      「うん。でも、もう良いの。会えたからさ。」

                       

                      その答えを聞いて、僕もすべてを悟った。

                      あの時はまるで白昼夢のようだと思った。

                      しかし、僕を訪ねてきたのが守弥ではないと判明した瞬間から、僕には一抹の不安があった。

                      とうの昔に世界から消えてしまった人物が現世に戻ってきたのではないか。

                       

                      瑠璃さんの答えが、その予測が正しいものだと教えてくれる。

                      現世に戻ってきたのだ。この世でたった一人、瑠璃さんだけが生存を信じ続けた人物が。

                      あれからいったい何年の月日が流れているだろう。かつて僧籍にあった彼は、今どのような風体をしているのか。

                       

                      「それで、唯恵は何て?」

                       

                      「これから西に向かうんだって。西海道を西に行って大宰府に落ち着こうかと考えていますって。」

                       

                      屋敷に灯がともった。

                      もう日が暮れて薄暗い闇が周囲を包む。

                      里の農民の集落とは離れた場所にあるこの屋敷は、夜になると闇の中にぽっかりと沈んでしまう。

                      薄闇の中、瑠璃さんの表情も読み取りづらくなってきた。

                       

                      「遣唐使の派遣はとうの昔に中止されてるけど、交易は盛んらしくて。だから唐渡の書物の読み解きなんかには力になれると思うからって。ま、昔から勉学には熱心な人だから。吉野君らしいよね。」

                       

                      大宰府、と一言だけ声に出したと思う。

                      それ以外のことは情報として入ってこなかった。

                      唯恵が現れた。しかし、大宰府に行くという。瑠璃さんにわざわざ会ってから向かうとなると、ただ挨拶をしに来ただけとは考えにくい。

                       

                      「まさか、もう出立したの?」

                       

                      「そうみたいね。」

                       

                      淡々とした声で言われ、僕は逆にはっとした。

                       

                      「どうして引き止めなかったの、瑠璃さん。」

                       

                      その切り替えしが意外だったのか、瑠璃さんは怪訝そうに眉を顰めたようだった。

                       

                      「引き止めてどうしろっていうのよ。もうあたしは人妻なんだし、大の男を引き止めて屋敷に囲うなんてできっこないの、知ってるくせに。」

                       

                      口調が強くなるのは、何かを堪えているせいなのか。

                      夜闇に眼が慣れてきて、瑠璃さんの表情が先ほどよりも多く見て取れるようになった気がした。

                      わずかに目を伏せて、瑠璃さんは口を開いた。

                       

                      「それにあたしにはちい姫がいるもの。吉野君にかかずらうわけにはいかないじゃない。」

                       

                      小さな命を、数か月前に産み落とした瑠璃さん。

                      本来の情の深さと母としての責務によって瑠璃さんは良い母親になっている。

                      日に日に大きくなっていく我が子を僕と瑠璃さんで毎日見続けてきた。

                      そうやってこの数か月、新米の父と母は寄り添って何もかもを分かち合ってきた。

                      その時間は何にも代えがたい宝だ。

                      この吉野に来てもその気持ちは変わらなかった。恐らく、瑠璃さんも。

                       

                      しかし、人生には岐路がある。

                      多かれ少なかれ、人は必ず一度はその岐路に立たされる。

                      僕にとっても、瑠璃さんにとっても、これが間違いなくその瞬間であると思う。

                       

                      「瑠璃さん。ここの桜、やけに植わっている数が多いよね。」

                       

                      急に話題が変わったことに違和感を覚えながらも、瑠璃さんはくるりと周囲を見回した。

                       

                      「千本桜があるって聞いたわ。吉野の春は、世界が薄紅に染まるよう。だから好きよ。」

                       

                      世界が薄紅に染まるこの吉野で、瑠璃さんと唯恵は出会った。

                      その頃は『唯恵』なんて僧籍の名なのではなく、彼に相応しい名を持っていただろう。

                      しかし、その名を瑠璃さんは知らせてもらえなかった。

                      それでも瑠璃さんは彼のことを好きになり、尊敬し、守りたいと願った。

                      もし、唯恵がこの吉野を離れずにいたら、もし、瑠璃さんが吉野を離れず彼と共に在ったなら。

                      二人は結ばれていたのかもしれない。

                       

                      勿論、瑠璃さんが内大臣家の総領姫であることに変わりはないし、唯恵があのまま吉野にいても宮中で通用するような、ましてや瑠璃さんを妻にできるような身分を得られたとは考えにくい。

                      だが、もし瑠璃さんと唯恵があのまま、それこそ結婚を意識する年齢まで変わらず側に寄り添っていたのなら、間違いなく二人は生涯を共にする相手に互いを選んだだろう。

                      瑠璃さんは内大臣様の反対を押し切って吉野に籠ったにちがいない。

                       

                      その場合、僕は瑠璃さんには巡りあわないことになるが、恐らく別の女性を妻に迎えて、平穏に暮らしていただろう。

                      罷り間違っても陰謀に関わりそれを暴こうと立ち回るような真似はしなかったに違いないのだ。

                       

                      それが在るべき姿だったのかもしれない。

                      瑠璃さんと唯恵、そして僕の。

                      運命の歯車が狂って、唯恵が消え、僕は瑠璃さんと出会った。

                      運命の歯車が狂って、唯恵が謀反を起こし、僕が唯恵を斬りつけた。

                      狂った運命の歯車に必死に抗い、瑠璃さんは唯恵を生かそうと自分を犠牲にした。

                       

                      もとを糺せば、歯車が狂ったのは僕のせいではない。

                       

                      でも確実に、僕は今、その狂った運命の中に安住している。

                      瑠璃さんの隣に陣取り、瑠璃さんと共に過ごす時間の分だけ、道を逸れた車輪が勢いよく回っていく。

                       

                      沈黙が流れた。

                      互いに吉野の闇を見つめる。

                       

                      一瞬だけ、視界を炎がかすめた。

                      記憶の中のその炎は凄絶なまでに美しく、寺を焼いてすべてを黒く燻すのだ。

                      醍醐の炎の中、あの日瑠璃さんの姿を見て、僕は瑠璃さんを唯恵だと決めつけ、瑠璃さんを追った。

                      あれが唯恵でないことくらい、わかっていた。

                      瑠璃さんがしそうなことだ。そのくらい読めなくちゃ瑠璃さんの隣になんていられないよ。

                       

                      そこまでしてもあの時、瑠璃さんは唯恵を救いたかったのだ。

                      幼いころ遊んだというその童のために、自分の将来も、名誉もすべて擲って罪を被った。

                      僕が逆の立場だったら間違いなく瑠璃さんを逃がして自分が汚名を被っただろう。

                      だが、人生の中でそんな風に自分の命と天秤にかけることができるような人はそう何度も現れない。

                       

                      桜に埋もれるこの吉野。

                      宵闇に浮かぶ篝火を見つめて、僕は静かに瑠璃さんを見つめた。

                      言うべきことは、決まっていた。

                       

                       








                      ●あとがき●

                      大変長らくお待たせいたしました。

                      高彬視点の「吉野君と瑠璃姫再会編」をアップしました。

                      もう季節は夏です。因縁の夏です。夏といえば陰謀。

                      陰謀といえば吉野君。今回は登場しませんが、戻ってきました!

                      次回も高彬視点でお送りします。

                      亀足更新ですみません。

                       

                      21:16 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                      酔夢の続きを、もう一度【第一話】
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                        『吉野の里で隠れ鬼』
                         
                         
                        それが、出産を終えた瑠璃さんが望んだ唯一のこと。
                         
                        ややを産んだ瑠璃さんは一層逞しくなったけど、ほんの一時だけ童心にかえりたいと思ったのかもしれない。
                         
                        仕方がないな、と二つ返事で了承し、瑠璃さんの体力が回復するのを待って僕たちは吉野を目指した。
                         
                        年の暮れに生まれたややは姫だった。
                         
                        瑠璃さんが望んだ通りの玉のような姫ややで、正直僕もほっとした。
                        出産で亡くなる女性は少なくない。
                        瑠璃さんに限ってそんなこと、と思ったけれど、実際にややが無事に生まれて瑠璃さんの体調が元に戻るまで気が気ではなかった。
                         
                        ややをあやしながら笑う瑠璃さんに、欲しいものを尋ねた。
                        考えを巡らせた後、僕に吉野で隠れ鬼をしたいと言った瑠璃さん。
                        相も変わらず自分の意見をすぱっと言う瑠璃さんだから、気遣いとか遠慮とか、そんなものを抜きにして本当に自分が望むものを言ったに違いない。
                        「他にはないの」と続けて聞くと、「欲しいものっていうよりやりたいことをさせてくれた方がいいわ」と笑った。
                         
                        母の顔をしている瑠璃さんが望んだ、母から離れられる時間。
                        僕は、それを必ず叶えようと決心した。
                         
                         
                        数か月後、吉野の里についたら、そこは桜で埋め尽くされていた。
                        内大臣家所有の屋敷の周囲にも桜が多く植わっていて、目を開けると視界には薄紅色の景色が広がる。
                         
                        「瑠璃さん、もういいかい?」
                         
                        四十を数え終えた頃、隠れ鬼の決まりごとで声を上げた。
                        草を踏む足音がしないのでもうこの周辺にはいないだろう。
                         
                        姫ややが年の暮れに生まれ、その子を連れてやってきた吉野。
                         
                        子を産み、育てる女人としてはかなり脇道に逸れていると思う。
                        内大臣家の総領姫が顔も隠さず隠れ鬼に興じるなどと。
                        北の方となり、子を産み育てる最中にやりたいこととして挙げるには常識の範囲を超えていた。
                        だが、そこが瑠璃さんらしい。
                         
                        今日はまさに春爛漫といった日和で、日差しも温かい。
                        野を駆けるのには最適だ。
                        幼き頃は筒井筒として共に野をかけていた。
                        まさか妹背になってからも同じことをするはめになるとは。
                         
                        (都中探しても僕だけだな、きっと。)
                         
                        返事がないのでもう探しにいってもよいのかと思案し、それをやめる。
                        百数えることになっている約束だ。
                        あと六十ほど残っている。
                         
                        目を瞑り、数を数える。
                        四十一、四十二、と声を上げるところへ、遠慮がちな足音が響いてきた。
                         
                        「瑠璃姫はどちらに?」
                         
                        低く、地に響くその声は乳兄弟のものだ。
                         
                        「守弥か。知らないよ、百数え終わったら僕も探しに行くところだ。お前も方々をあたってみるといい。そして早く見つけてくれ。瑠璃さんは隠れ上手だから。」
                         
                        「御意。」
                         
                         
                        遠ざかる足音は規則正しい。
                        静かに草葉をかきわけ進むその音は粗雑さを一切感じさせない。
                        そこで、おやと思った。
                         
                        確かに守弥は規則正しい足音をたてるだろうが、あの落着き様は・・・。
                        まるで人生を悟った者のように憂いもなく、小さなことに拘らずすべてを受け入れるような器の大きさは何だろう。
                         
                        はっとして顔を上げると、もうそこには人の姿は見当たらなかった。
                         
                        「あれは、いったい・・・」
                         
                        なんだったのだろう、と考えたところで風が地面を撫でた。
                        短い草葉を巻き上げ、それは突風となって里を駆けぬけていく。
                         
                        それはあたかも白昼夢のような出来事となった。
                         
                         
                         
                         
                         





                        『酔夢(ゆめ)の続きを、もう一度』
                         
                         






                        ●あとがき●
                        毎年春に更新しようと決めている『なんジャパ』。
                        2014年版を始めます。
                        スタートが遅いですが、ご了承下さい。
                        春っていうかもう夏だよね、というツッコミが、あいたたたと胸に沁みこむ今日この頃です。
                         
                        今回は瑠璃姫と高彬が結婚して、帥宮編が終了してからさらに一年後くらい。
                         
                        舞台は春の吉野です。
                        最初から最後まで吉野です。
                         
                        短いお話になると思いますが、少しだけお付き合い頂けると嬉しいです。
                        タイトルは『酔夢(ゆめ)の続きを、もう一度』。
                         
                        早めに更新できるよう努めます!!
                        18:01 | なんて素敵にジャパネスク | comments(0) | trackbacks(0) | - |

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